2週間前から本格的にポケモンGOを始めました。
リリースから10年?が経ちようやくの参戦。10年遅れです。
「何をいきなり変な話を」と感じた方、あなたは正常です。僕も何を書いたらいいのかイマイチ分からない。

でも、文章にうまく書き起こせるかは分からないけれど、このポケモンGOが人生のスイッチを1つ入れてくれたと感じています。
確実に人生の何かが良くなった。自分の中の風通しが良くなって、今まで見えなかった色んなものが見えるようになってきた。
だから、拙筆を恥じながらも、感じていることをありのままに書こうと思う。

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ポケモンGOを始めて感じた一番大きな変化。
それは「仕事も陸上の練習も、今までよりも1段階好きになった」ということだ。

これまで僕は、陸上の練習にのめり込みすぎたり、周囲との思考判断がズレにズレていて慢性的なストレスに苛まれたりで、
仕事は休職し、さらには昇給昇格から外れるルートを歩むことになったりと、もはやキャリアはボロボロの状態になった。
そして周囲からの信用も信頼も地の底に落ち、仕事も私生活も、胸を張れるようなものでは何一つなくなってしまった。

そして僕は自分の脚を速くしたかった。
だから僕は休職の間、ずっと「自分の脚を速くしたい」という夢を叶えるための勉強をしていた。
これまでは練習・トレーニングが嫌で嫌いで、毎回憂鬱になりながらこなしていた。
それを無くしたい、練習をもっと好きになりたい、練習を好きになれば人生ハッピーになれるだろう。
そう考えて、練習を楽しみにできるメンタルの持ち方をずっと探していた。

そして僕の人生の目標を「仕事ではなく陸上だ。自分の脚を誰よりも速くしたい」と位置づけ、仕事は最低限で陸上に(自分なりの形で)専念する、という方向へ舵を切った。

その結果、何が起こったか。
仕事も陸上も、好きになれなかった。

自分を速くしようと思い、やっていく過程で、心も身体もどんどんボロボロになっていった。
そして今さら仕事に注力なんてできない、という思いが無意識下で働き、仕事の楽しさはある程度見出しはすれど心の底から救われる感覚は皆無だった。
何ならずっと「僕の人生これでいいのか?」と迷い悩んでいた(と今になって気づく)。

そんな中、ふとポケモンGOをやる機会が訪れた。
きっかけは独身寮の年下の友達。
休職中に自分の自分勝手さを顧みて、「寮生と仲良くならねば」と思って一念発起で話しかけたのが最初で、それから共同風呂で会うたびに話している、僕なんかと話してくれる凄くいい人だ。
その方がポケモンGOにハマり、ここ数ヶ月はひたすらポケGOの話だった。
今までは知らないながらに話を合わせていたのだけど、「流石に不誠実だよな」と思い、少しでいいから話を理解できるようになるためにポケGOやってみよう、と思い至ったわけだ。

そんなきっかけで始めたポケモンGO。
最初の数日間は「スマホゲーに脳を毒される」との先入観が強く、スイッチを入れては5分操作して切り...を繰り返した。
でも、不快で分からないことだらけな中でも5分間触れ続けることで、だんだんと抵抗が薄れていき、1週間後には散歩時にポケGOを起動させて持ち歩くまでになった。

すると不思議な感覚に襲われた。
僕は散歩が好きでよく歩くのだけど、歩いているときはいつも何か考えているか何かを脳に刻んでいて、頭の片隅がズーンと重くなっていた。
その「頭の中の重苦しい空気」が、ポケモンGOをやっていると一切感じなくなっていた。

思うにこれまでの僕は自分の内部に意識を向けすぎていたのかもしれない。
それがポケGOにより自分への意識が薄れて、「内も外も見すぎずちょうどいい脱力感」が生まれ、自意識を根本から緩めてくれたのだと。

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...長々と拙文を書き垂らしたが、言いたいことは「人は目的と効率だけでは枯れゆくだけで伸び続けることはできないのではないか」ということだ。
これまでの僕は、「人生の目的」と「脚を速くするための効率」という面に縛られすぎていた。
脚を速くしたいのなら仕事にも全力を注ぐのは(非効率なので)やっちゃいけない、スマホを見すぎるのは(人生を貧しくしそうだから、たとえ気持ちよくても)やっちゃいけない...
そして、学びを深めるために散歩中はメモ帳を見返し暗記する、練習を好きになれそうなメンタルの持ち方・あり方をアフター5で復習する...
自分ではそう思っていなかったけれど、今見返すと縛りに縛った人生を送っていたと強く感じる。

そして起こったのは「枯れ」だ。
陸上は伸びるどころか心身が枯渇し、仕事ももはやこれまでの残りカスで何とか動かしている窮状。
入社して10年、ずっと「目的」と「効率」を深めてきた結果、ここまで枯れきってしまった。

そこにポケGOという「世間一般で言う毒」が入ってきて、この枯れ感が1段階潤ったように感じた。
要はポケGOをしているときの「何も考えない」が、これまでの「考えすぎ」という毒を中和してくれたのだ。
「白河の清きに魚も住みかねて~」というが、あれは本当だった...としみじみ感じている。

話を研究開発に移すと、すごい研究者たちの「空いている時間も研究内容を考えていた」の正体が見えてくる。
彼らの中では、「空いている時間での空想」は、真に無目的で、真に心が開放されるものなのだろう。
だから本業をする心身に養分となって沁み至り、本業が加速化する。
この点を見誤り、「すごい研究者たちは空き時間も考えている!だから僕も真似して24時間考えるようにする!」とただ外から見えた挙動を真似するだけでは、決してうまくいかないだろう。

この枯れきった心身と人生が真に求める「養分」とはどういう性質のものなのか。
その一端が、ポケモンGOをすることで理解できた気がする。
目的がない、時間に追われない、効率を求めない...。これこそが「効率病」に効く何よりの栄養素で、具体的な処方は実際に手を出してみないと分からない。

具体的に誰に何を伝えるか、自分でも分からない。
でも、ひとつだけ言いたいことは「自分にきちんと養分を与えてあげるのはすごくだいじなことだ」ということ。
この駄文を読んで何か感じ入るものがあるとすれば、それはたぶん今必要なものだと思うので、思うところがあればぜひ行動に移してほしい。