もう何度もこのブログに書いているように、僕は発達障害(ASD)と診断され、今なお10年務めた研究所に居させてもらっている。
職務形態は個室作業で、実験は基本無し、文書作業(デスクワーク)がメインだ。
具体的にやっていることは、要望のあった分野の調査、各課の特許の作成、AIを使った今後の方針の立案...などだ。
「対面でのコミュニケーションに難がある」というASDの特性を配慮してもらっての職務転換だ。
しかし実際は、こういったデスクワークをしている方が、これまでよりもコミュニケーションを多く取るようになっている。と感じる。
例えば最近受けた調査業務では、依頼してくれた課長さんが頭の回転が速い方で、調査の途中結果と何となくの奥行きが見えてきた時点で、「あ、これは見込みなさそうね、次行こうか!」と方向転換することが多々あり。
これまで自分が60点だと思っていた調査結果だけで、実は向こうにとっては90点オーバーの内容だった。
(むしろこれまで自分が提出していた調査結果は『やりすぎ消化できないよ』レベルで良くなかった)。
このやり取りを通して、その課長さんからは「もっとこまめに相談しなさい」と釘を刺されるに至った。
それを機に、これまでその課長さんとしかやり取りしていなかったのが、
その課の同僚たちにもメールで意見や意向をヒアリングし、意思疎通を図るようになった。
また別の件では、僕自身は殆ど手掛けていない実験を基に特許化する、という案件があった。
この件では、その課の課長さんたちが技術のキモと考えている部分をなかなか特許の実施例に落とし込むことができず、
何度もメールでお伺いを立て、終いには直接伺ってディスカッションしたりした。
これまでは、特許化は僕1人の主観でほぼ決めていただけに、複数人おのおのバラバラの考えを特許に統一するという難しさが骨身に沁みるとともに、もっとコミュニケーションを取らないと絶対にうまくいかないという体感を得た。
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こういった一連の出来事を通して学んだのは、「究極の閉鎖空間・個人作業と思っていた研究開発の場は、実はコミュニケーションで成り立っていた」という事実だ。
僕はこれまで、少なくとも自分の受け持つテーマは自分の考えが根を張るまで1人でひたすら掘り進めていた。
その根底にあった考え方は「研究開発(≒研究という営み)は個人作業が根幹だ」というものだった。
しかしその考えは、合っているようで違っていた。
少なくとも「研究=個人作業」という考えの枠しか持っていないと、成果は最大でも50%しか得られない。
しかもその50%という上限は、「その人だけで進めるやり方の研究において、過去に例を見ないほどの素質を持つ天才」が努力を重ねてようやくたどり着ける領域であって、
少なくとも僕程度の素質では、いいとこいって20~30%程度の出来しか得られない。
独りだけで50%もの成績を収められるのは、野球で言うとイチロー・大谷翔平...そういった次元の人だけだ。
一方で、こまめに他人とコミュニケーションを取り、意見を仰いで自分の中の考えとすり合わせていくと、
凡人レベルの僕でも、少なくとも甲子園出場・プロ野球の2軍3軍...そういったレベルまでは到達できる、と今回の経験を通して体感した。
(野球にはあまり詳しくないので、甲子園出場とプロ2軍3軍のどっちがレベル高いか...などという議論はしないしできない)
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ここで強調しておきたいのは、「発達障害(ASD)と診断された僕ですら、コミュニケーションを多く取っている」ということだ。
主にメールによるテキストベースでのやり取りという、自分の得意なコミュニケーション法ではあるが、休職前より多く(体感で約2倍程度)のコミュニケーションを図るようになり、それに伴い仕事の質も明らかに向上した。
とすると、健常者の方々は、より多くのコミュニケーションができるだろうし、ある意味そうする余地を見出さなくてはならない...と僕は考える。
少なくとも「研究開発において、コミュニケーションは相当重要」ということは言えると思う。
要は、研究開発においても結局行き着くのはコミュニケーション、ということだ。
若い世代の方々には、ぜひとも自分なりのコミュニケーション力を意識して培ってほしいと思う。
手法やツールは自分なりでOKで、それよりも絶対的に意識してほしいのが「コミュニケーションをしよう」とする意思。
この意思さえあれば、物事はどんな方向からでも好転していくと僕は思う。
そしてそして、これまでの僕は一体何をしていたんだろう。
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