僕は発達障害に伴う休職から復職して以来、主にデスクワークを任せてもらっている。
要は文書を相手にするお仕事で、その多くを占めるのが営業向けの技術資料の作成だ。
技術資料とは、研究側が出した結果を基に「こんなエビデンスがありますよ」と営業がお客さんに説明する資料のことだ。
得られたデータの山から必要最低限の有用なデータを掘り起こし、売り込みたいストーリーに沿って並べ替える。
ストーリーの構築から始まり、データの絞り込みを行い、見やすいグラフや図表に加工し、更には全体のレイアウトも見やすいように設計する。
考えるべき第一は「営業の方々が売り込みの際に活用しやすいか?」ということと「お客さんは魅力を感じるか?そもそもお客さんが見やすいか?」という2点だ。
元々、文書・データを相手とした仕事は大好きで、ここ数ヶ月はまさにのめり込んでいた。
その一方で、上述した「営業の目線」「お客さんの目線」でものを考えることはこれまでのメインルートではなく、脳の使っていない新たな部位が開拓されるむず痒さを感じていた。
これまでは自分の興味=「このモノが実験でどうなるのか?」というモノ目線で物事を考えていたため、↑の目線はあまり働いていなかったのだ。
そしてこの前の休日、うちの部署の研究テーマをぼんやりと考えていた。
その時の思考回路が「どうすればお客さんにもっとアピールできるか?」「営業活動をよりスムースにするには、どういうデータを取ればいいのか?」というように、
いつの間にか「モノ目線」から「相手視点」にシフトしていることに気が付いた。
そしてこの時、かつてないほど柔軟な構想が頭に浮かび、しかもそれは途切れることがなかった。
自分の変わりように驚愕するとともに、「あ、僕は一皮むけたな」と感じ、充実感に満たされた。
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それ以来、研究に関することでも「営業が、お客さんが求めているものは?」という目線が勝手に起動するようになった。
例えばミーティングで同僚が共有した実験データを見て「○○というデータを取れば、営業も助かるのにな」と思ったり、
既に他の人が組んだ試験計画に対して「△△の項目を追加したら、お客さんがより納得してくれるよな」と感じたり。
そして↑のようにして浮かんだアイデアは、これまでモノ目線単独で得たどの着想よりも「企業としていい方向だ」と感じるものだった。
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この経験から、僕が思う「R&Dの研究者として一皮むける時」は、「どんな○○だったら他の人にとって良いものなのか?」を軸に考えられるようになったとき、となるに至った。
あくまでこの「他者目線」は「軸」であり、そこに対象物への詳細な知識と確かな知見を肉付けすることが必須ではある。
そうして、モノ/ヒトのどちらか一方だけでもない中庸なものの見方が自然と発動するようになった時、アイデアの質が一段階上がり、企業研究者として一皮むけるのだと。
そしてこの目線を得るためには、「一番大好きな仕事」を「外部に向けて提供・発信する」日々を送ることが極めて重要だと考える。
僕自身の経験を振り返った時、外部目線を意識したのは「この仕事で創り出した成果物をもっと輝かせるにはどうすればいいか?」という思案であり、それは仕事そのものへの愛情に帰着していた。
「ここで良いモノを出せば、この大好きな仕事をもっと貰えるようになる」という下心もあったし、せっかく手掛けたアウトプットを最高の質で送り出したいという一種の親心もあった。
そこに共通していたのは「大好きなこの仕事」という確かな実感であり、営業を通してお客さんに提出するという強制力だった。
一番のキモは「この目線を発動させよう」と意識的にしないと発現しないのではなく、「気が付いたら勝手に他人目線になっていた」という自動化の段階まで上がること。
そのためにも、好きな仕事のアウトプットを発信する、という行為を積み重ねていく必要がある。
そしてその際に欠かせないのが「小さな工夫」。
「どうすれば見やすくなるのか?」「どうすれば使いやすくなるのか?」という更なる可能性への探求を日々続けていくことで、気が付いたら自然と他人目線で考えるようになっている。
少なくとも僕はそうであったし、他の方々にも少なからず共通するコツではないかな、と考えている。
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