僕には「この人ならどう考えて、どう振舞うだろう」と折に触れて参考にするロールモデルが1人いる。
それが、この研究所に配属された時の最初の上司(仮にYさんとしておく)だ。
その人は僕のOJTも兼ねてくれて、日々の報告や1on1のOJT面談を重ねるうちに、その人のあり方が見えてきた。

一言で言うと、Yさんはどこまでも自然体だった。
良い意味で自分を縛り付けない。

具体的には、面白そうなアイデアはどんどん出すし、しんどい時はしんどいと言うし、ちょっとだけルール違反もする。
しかもその時々の言い方が、実に自然体だった。
「いや~、ちょっとしんどいんだけどね(笑)」「やっちゃあいけないことなんだけど、実は換気扇のスイッチを切っちゃってね(笑)」というように、
まるでいたずらっ子が知的になって成長したような、そんな純朴さを醸し出していた。

その知的純朴さを素直に表現していたのが、研究への熱意と周りの人間への思いやりだ。
Yさんと話すときに必ず生じる熱意にほだされたやる気と羽毛に包まれたかのような安心感は、今でも思い出す。
そんな風に研究を考えられたら、そんな風に後輩と接することができれば。
そういうある種の憧れを持って、僕はYさんをロールモデルにしている。

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なぜ僕がYさんにここまで好意を感じたのか。そして今なおその思いを抱き続けていけているのか。
その要因を考えてみた結果、「Yさんがとことん自然体だったからじゃないか?」という結論に至った。

人は自然体で人と接する時、一番安心するという。
逆に何か少しでも取り繕っていると、それに由来する微弱な身体反応が無意識に仕草として表出する。
人というのは非常に敏感で、そのような微小なシグナルを逃さずキャッチし、「この人は何か企んでいるな?」というように警戒してしまう...らしい。

これは「努力で作った自分」でも同じなのではないか...と、↑の説を検証していく中で感じた。
↑の説を聞いて以来、僕自身の反応がどうなのか探ってみることを続けてみた。
その結果、やはり「頑張ってるな」という人と話すと、こちらも奥底で微かな緊張が生じていることに気づいた。
n=1の体感ベースでしかないが、努力で積み重ねたものを目の前にしても、どこか警戒心を感じてしまうこともあり得そうだ。

そしてこれも僕自身の体感でしかないが、自然体ベースの言動は柔らかく沁み込み、努力ベースの言動は剛直で取り込みにくい、という特徴もありそうだ。
例えば僕は、今の研究所長をロールモデルにしようと思ったことがある。
その所長さんは、かつては研究1本で人付き合いが悪く、良くも悪くも自分の世界に籠るタイプだったらしい。
しかし意識的な改善を10年以上継続して、今では社交的かつ柔らかい雰囲気も醸し出せるまでになった。

だが僕はその所長さんをロールモデルにすることができなかった。
「努力して身に着けたんだな」という特性を僕に当てはめようとすると、どうしても自身の「努力」のパラメータを引っ張り出してきてしまい、自然な体得ができなかった。
その時の感覚を思い出すと、「いくら触れても沁み込まなかった」という表現が一番しっくりくる。
固く消化できないものを、努力で無理やり飲み下す...そんな感覚しかなくて、結局諦めてしまった。

そして努力で身にまとった鎧はいつか剥がれる。
これは僕が発達障害(ASDスペクトラム)を悪化させた経験から、身を持って断言できる。
僕も僕なりに、自分の社交性のなさ・コミュニケーション力の不足を改善しようとしてきた。
わざと合わない人と接してみたり、嫌な飲み会にも顔を出してみたり、同僚のおしゃべりがうるさくて集中できない時は「これもコミュニケーションの一環なんだ」と自分に言い聞かせて我慢してみたり。
でもその結果は、ストレスが過剰に蓄積して心身が疲弊し、これまで隠し通せてきた発達障害が隠し切れなくなり、休職するに至ってしまった。

ポケモンで例えると、個体値と努力値、という概念が一番しっくりくるだろうか。
生まれもった才能の配分量が個体値で、そこから経験を通して積み重ねるのが努力値。
個体値=才能、努力値=鍛錬...と言ってもいいかもしれない。
僕はある人を参考にするときは、努力値ベースの言動ではなく、個体値ベースのものを見取る=盗むべきだと強く感じている。

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なぜなら上に述べたとおり、個体値由来の言動が一番美味しい=無理なく吸収できるからだ。
(あくまでn=1の体験でしかないが)
まず「この人は何か企んでいそうだ」というシグナルがないので、心身が警戒心なく受け入れてくれる。
そしていったん受け入れてくれたものは、心身が自由に加工できる。
つまりは自分の個体値なりにできる形に落とし込んでくれる。

対して努力値由来の言動は、吸収しようとする際にも心身が警戒する。
心身が拒否反応を示す。それを思考で無理やりねじ伏せて実行する。
そこに「自分の特性に合わせて調整する」という余裕は生まれず、まるでロボットのように硬い運用しかできなくなる。

...いずれもn=1の体感ベース、しかも概念的な話で申し訳ない。
しかし、やはり見取る=盗むというのは、どの仕事でも大事だし、意外なことに研究開発でも重要性は高い。
なぜなら研究開発はビジネス的な概念の浸透が少なく、「研究開発力をどう伸ばしていけばいいか?」という自己開発のオーソドックスなモデルがまだないからだ。
なので周囲の方々を参考にし、盗めるところを正しく盗んで独自に研究開発力を伸ばしていく必要がある。

人の言動を参考にする際は、その人の個体値ベースのものを選んで盗む。
そのことを僕は強くお勧めしたい。