先週末の人事希望調査。その面談で「管理職ルートから降りたい」という希望を伝えた。
僕の会社は総合職(いわゆる『大卒』の人が就くルート)と一般職(こちらは『高卒』の人が就くルート)に分かれていて、今まで僕は総合職ルートだった。
だが僕は、前回の記事(こちら)にも書いた通り、管理職にはなりたくなかった。
その思いはずっと持っていた。
原体験は5歳のとき。父は帰ってくるのがいつも夜遅かった。
そのことで母と幾度となく口論していた。
そのトゲトゲした空気感と「こんなに遅くにしか帰れないのか」という絶望感とで、「大人にはなりたくないなぁ」と子供心に思っていた。
この「大人になりたくない」は僕の根底にずっと息づいていて、就職した時は人生を捨てた気分だった。
そしていざ入社してみると、夜遅くまでずっと働いているのは特定の人だけだと気づくようになった。
それが管理職の方々だった。
捌いても捌いても次から次へと振ってくる仕事の山に追われ、しかもその殆どは"やりたくない仕事"。
傍から見ても青息吐息で、大丈夫ですか...?と聞くと「ああ、大丈夫だよ」と死んだ目で返事され。
一方で役職のない方々は、程度の差はあれど定時には帰ろうと思ったら帰れる。
仕事量的にも雰囲気的にも、そんな環境だった。
これを受けて、僕の中の「大人になりたくない」は「管理職にはなりたくない」へと姿を変えた。
しかし僕のルートでは、いつか管理職にならざるを得ない日がやってくる。
そこで今回、「もう潮時かな」と感じたのもあり、総合職ルート=管理職ルートから管理職ルートから外れる希望を出した。
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この希望は、実は5年前に一度出そうとしたことがある。
しかし当時の研究所長から「下りたら二度と戻れない。止めておけ」と強く念押しされたので、当時の僕はビビッてその希望を撤回した。
当時はまだ他人事として考えていた(本気で考えていなかった)ということだったのだろう。
今回は腹をくくって面談に望んだ。言うつもりで、押し通すつもりで、臨んだ。
その結果、希望を撤回することなく伝えきることはできた。
押し通すことができたのは、上記の「管理職にはなりたくない」に加えて、「今の自分には管理職は無理だ」という実感をこれ以上なく得ていたからだ。
このブログをお読みの方々はご存知だと思うが、僕はASDという発達障害だ。
スペクトラムで健常人の範囲にはいるが、健常人の中では最も重症度が高い(あと一歩で障碍者区分だ)。
この発達障害ゆえの特性の中で「自分の解釈が社会の常識と大きくかけ離れている」「一度やり出した習慣を止めるのが怖くて止められない」の2つが致命的だった。
幾度となく注意され、呼び出され、挙句の果てには「もうしません」という誓約書まで書かされる始末。
もちろん人事評価は最低で、事実上の昇給昇格停止状態にある、と面談の最後に言われた。
つまり結果論で言えば、僕が「管理職ルートから降りたい」と伝えようが伝えまいが、僕は管理職にはなれなかった...ということになる。
しかし僕が昇格停止を知ったのは、僕が希望を伝えた後だった。
このことには大きな意味があると思っている。
少なくとも、僕は腹をくくって自らレールを降りるという意図を、何も知らされていない状態で伝えた。
これは自分の人生を自分で切り拓くという意思と態度を実現できた、ということにならないだろうか。
この点で、僕は自分自身をほめてやりたいと思っている。
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しかし実際に現状を知らされると、「ルートから外れざるを得なかった劣等生」という気分が沸き上がってきた。
優等生として歩むべき道を歩みきることができなかった自分。
これまで過ごしてきた日々、その中で出会ってきた方々との時間。それらは一体何のためにあったのか。
こんな劣等生を作り出すために過去の日々はあったのか?
ある意味夢がかなったのだから、もっと喜べばいいのに。
でも素直に喜べない。心の中に重石がズンと乗っかっている。
心の整理がつき、前向きになれるには、もう少し時間がかかりそうです。
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