僕は企業の研究所に勤めて丸9年になり、部署は2つ経験した。
その中で気づいたことが1つある。
研究の外注(OEM)がメイン業務の1つだということだ。
前いた部署(樹脂関係)では、頻繁に樹脂の成型加工を外注した。
理由は「うちにも機械はあるが、製造部の業務が優先されるためその機器を使えないから」だった。
また、樹脂の変性も外注経験があり、こちらも概ね同様の理由だった。
今いる部署(生物関係)では、外注する機会がさらに増えた。
動物実験や食品原料の加工など、こちら側に技術がないものから、手間さえかければできる微生物培養、果ては新規テーマの探索まで外注することになった。
こうした実験や調査の外注は、それ自体が1つの業務となっている。
・機器を持っていたり培養のノウハウがあったりする外注先(OEM企業)を探し当てること
・社内の上層部に向けた予算使用の許可書を作って無事にハンコをもらうこと
・説明用の資料を作って外注先と打ち合わせをすること
・実際の作業を監督するために出張に行くこと
・実験結果を受け取って上層部への報告書にまとめ上げること
...何だかんだで手間暇かかるしお金もかかる。
これが企業での研究での1つのメイン業務だと、まずはご理解いただきたい。
...「なんで外注するねん、自前でやった方がお金もかからずおトクやろ」と言いたくなるかもしれない。
また、研究開発が研究開発を外注することは大いなるサボリ...だと思われるかもしれない。
しかしながら、JTC・ひいては企業で研究するとはそういう事でもある。
なぜならば、企業での研究は結果を第一に考えなければいけないからだ。
結果とは、大きく分けると「成果」+「可否判断に至るまでのスピード」である。
このうち、外注すると「可否判断に至るまでのスピード」に大きな寄与がある。
企業の研究は、概ね数ヶ月スケールで「何らかの結果」が求められる。
その内容は「失敗しました」でもいいし、「分かりませんでした」でもいい。
要は「やったこと」が意味を持つ。
考えてみれば当たり前の話で、研究は分からないことを試して分かるようにしていくプロセスだからだ。
なので「手を付けませんでした」では話にならない。
結果の2要素の1つに「可否判断に至るまでのスピード」があるのはそういうことだ。
その一方で、企業の研究では想像以上に身動きがとりにくい。
予算は限られているわ、手元にある機器は頼りないわ、人手は少ないわ時間はないわで、無い無い付くしである。
(これでも当研究所はまだマシな方)(一応上場企業だが、1980年代の機器が今でも現役で動いてたりする)(黒電話も現役だよ!)
また、新しい実験系を一から構築しようとすると、安全関係のアセスメントがこれまた手間取る。
新しい薬品は1つ1つ有害性をチェック→受け入れ教育→教育記録の作成、を行わないといけないが、これが時間と手間を食いつぶす。
僕がやった実例では、薬品10個が必要だったのだが、計10日間は受け入れ作業で潰れた。
安全面を重視するあまり余計な手間が取られる...というのは、ある意味企業の研究独特なのかもしれない。
↑のような状況を鑑みると、たとえお金がかかって窓口業務に手間がかかったりしても、OEMした方が圧倒的にラクなのはおわかりいただけただろうか。
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しかし僕は、こうした状況に危機感を抱いている。
何回も外注業務に関わってきたが、「自分が主体となって結果を生み出した楽しさ」も「身に着いた技術」もなかったからだ。
外注業務を通じて養ったのは、上層部に反感を買わない社内文書の書き方だけだった。
僕は調査が人一倍好きだ。
文献の海から見たい対象を探りあげ、その文献を必死で理解し、内容を社内向けに書き下ろしていく一連の流れ。
固い岩を掘り進めるような苦しさがあるが、ノミを握っている手は鎚の一振りごとに歓喜で震える。
内容を改めてまとめ上げた時には、苦しんだ軌跡がしみ込んだ一連の知識と、発掘→理解→教布まで自力でやり遂げた達成感を得る。
実験に対しても同様で、未知の岩を少しずつ掘り進めていくあの地道なプロセスに、無上の喜びを感じるのだ。
僕がここで言いたいのは、「実験でも調査でも、没入すると特有の面白さを味わえる。それが回りまわって、各々のスキルになっている」ということだ。
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しかし、外注業務で↑の面白さを感じたことはただの一度もなかった。
これはその人=研究員にとって、大きな損失ではないだろうか。
もともと、その人にとっての「好き」があって研究の世界に入ったはず。
自分自身で手を動かし頭をひねる面白さが、外注では少なくとも半減し、ともすれば全く得られなくなる。
それは果たして「研究」「開発」と言えるのか?そしてその人自身の人生を豊かにしてくれるのか?
これが僕の抱いている危機感である。
...むろん企業での研究にはいいところも沢山ある。一般的には安定した職で、ホワイトな職場環境であることは多く、様々なことが経験できるという強みもある。
企業での研究では結果が第一であるため、時に自分で手を動かすプロセスが全てカットされうる。
こうした現状を知っていただきたく、今回の文章をしたためた。
将来を考える方々の一助となれば幸いである。
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