当社では、各研究拠点が各々の成果を持ち寄って発表する「成果発表会」が年に2回開催される。
会場は本社だが、各拠点へはWEBで配信され、当研究所では会議室にスクリーンで投影して公聴することとなっている。

この公聴、義務である。
総合職(大卒)は基本的に最初から最後まで全部公聴しないといけないし、積極性(要は質疑応答で質問したか)が評価対象となっている。
発表は基本的に8時間程度。午後イチから開催されて、定時を過ぎてから閉会するのが当たり前になっている。

僕はこの公聴を「無駄でしかない」と思っている。
入社してからの過去6年間、「異なる知見を結び合わせてインスピレーションを引き出すんだ!」との思いから、ずっと聴講し続けてきた。
だがそんな僕の気概とは裏腹に、過去6年間=12回にわたる公聴から引き出せたインスピレーションは、ゼロ。
いつも最初の数テーマを聞いた時点で、ケツが痛くなって集中力が切れ、次いで頭を回すのに疲れてきて、最後は虚無状態でただ座っているだけ...という体たらく。
(しかも多動傾向にあるので、じっとしているだけで常人の数倍の努力を要するのが追い打ちセイウチ)

周りを見ても、殆どが居眠りしているか、上の空で虚空を眺めているか。
やる気がある(ように見える)のは、R&Dに命を捧げている一部の管理職のみである。

-------

公聴が身にならない理由は複数ある。

1つはテーマの遠さ。
扱っている領域が遠すぎて、こちらが欲しい技術的な情報が発表に入っていない。
また、遠いテーマを理解するのに頭をフル回転させるので、すぐにバテる。

また、発表会の雰囲気が悪い...というのもある。
具体的に言うと、インスピレーションを引き出すような会の進行・運営になっていないということだ。
発表相手は基本的に部長クラス以上であり、我々下々の民が気軽に質問できる雰囲気ではない。
うっかり下手な質問をしようものなら「部長様方が質問する時間を奪いやがって...」と白い目で見られる。
だから質問すること自体に相当の勇気がいるし、僕より若手の社員で質問した例は数えるほどしかない。

「テーマが完結しない危機感と新情報への飢餓感があって公聴は初めて身になる」と僕は考えている。
つまり、今自分が手掛けているテーマが行き詰っていて、どんなに調査しても解決策が見当たらず、どんな形でもいいから新しい情報が欲しい!一言でいいから問題点に関するコメントが欲しい!というように、焦りと餓えとでもだえ苦しんでいる状態でないと、遠いテーマの公聴は単なる消化不良に終わる。

満腹なのにビュッフェへ行っても何も食べられない。
情報が欲しくて欲しくて堪らない状態じゃないのに、公聴を強制参加としている。
そこに当社のセンスのなさを感じている。

...社内発表会をイノベーションへ結びつけている企業は、得てして公聴の場の雰囲気が良いのだろうと僕は推察する。
(別フィールドで申し訳ないが)トヨタのカイゼン活動が実を結んだのも、カイゼンの枠組みだけでなく、それを実践する職場の雰囲気が良いから...という話を聞いたことがある。
当社も今頃になってトヨタの真似をしてカイゼン活動を取り入れたが、枠組みの導入と参加の義務化しかやらなかったので、案の定「提出するだけ、やっただけ」の状態になっている。
それと同じことが、社内発表会でも起こっている(と僕は推察する)。

-------

話は逸れたが、枠組みだけが先走り、現場のモチベーションが皆無の活動は多々あると思う。
僕の場合、第一に社内発表会の強制公聴なのだが、最近は無駄と割り切って、別の事をするようにしている。
大体はこっそり抜け出して、業界雑誌を漁るか、実験を回すかしている。
経験上、僕には適する情報収集方法が確かにあって、こっちの方が公聴会で虚無の時間を過ごすより得られるものが圧倒的に多いと実感している。

多分↑の抜け出しは上司にバレていて、評定にはマイナスに作用していると思う。
しかし僕は、評定の点数をかき集めるよりも、もっと大事なことがあって、そっちに時間と労力を注ぐべきだと思っている。

評定よりも役立つモノを創り出したい、と願う方々の参考になれば幸いである。