僕は今、複数の部署とそれぞれ共同してテーマを進めている。
そのうちの1件(詳しくは言えないのだが、導電性/絶縁性のスイッチに関する案件)に関しては、当研究所に全く知見が無い状態から、最初は僕一人で手探り状態で進め、幸運にも事業としての形が見えてきた...という案件だ。
好奇心から、隣の部署の製品を試したところ、高い性能が確認できたことをきっかけに、隣の部署とも共同して開発・売り込みを進めることとなった。

本案件は、それまで社内発表すらしていないアングラ案件だった。
しかし風向きが変わり、隣の部署の社内成果報告において、この案件を発表することになったらしい。
発表するのは、その部署の入社2年目の後輩。
その後輩、わざわざ「ごめんなさい、テーマを横取りしてしまいました」と謝罪しにきてくれた。

僕はこの謝罪を聞いて、考えが噛み合ってないと感じた。

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僕はこの話を聞いたとき、「横取りされた」なんて全く感じなかった。
むしろその逆で、この案件が表舞台に出ることを嬉しく感じた。
そしてこの案件を発表してくれる後輩に「僕の代わりに発表してくれてありがとう」と感謝の念が湧きおこった。

そもそも以前から、他の部署が僕担当のテーマに入り込んできても、「横取り」なんて縄張り意識は皆無だった。
むしろ、他部署の人の視点の違いと知見の豊かさに圧倒され、自分一人では到底たどり着けない境地へ簡単に到達できることに胸を躍らせていた。
何より楽しいのは、仕事をきっかけに、他部署の同年代の同僚と話ができるようになったこと。
雑談を交わす中でも、「横取りした奴ら」なんて1mmも感じず、むしろ「一緒に仕事を進めている仲間」という意識だった。
そんな仲間に発表してもらうのは、僕にとって一つの誇りだ。

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企業の研究開発なんて、案外こんなものだ。と僕は思う。

どれだけ自分の貢献度が大きくとも、テーマは簡単に他人の手に渡る。
部署間の異動のみならず、部署内の異動ですら、いったん別のテーマを言い渡されると、これまで手掛けていたテーマには首を突っ込めなくなる。

そして、テーマへの愛着は簡単に薄れる。
日々やらなきゃいけない雑務が降ってくるとか、体力気力がキツイとか、原因は多種多様だ。
しかし主要因の1つだと僕が思っているのが「テーマは快感を生むためのツールでしかない」ということだ。

快感の内訳は、貢献感と発見の快感だ。
僕が導電性/絶縁性スイッチのテーマを立ち上げる際、課長が僕の結果を喜んでくれた。
これが大きなモチベーションとなり、1つ1つの検討を進めることができた。
また、「あの素材もスイッチになりえるんじゃないか?」「あの処方だったらどのくらい数値が変わるのか?」と直感した疑問をその場で実験して解決していく度に、他では味わえない興奮と快感を感じた。

こうした快感は、言ってしまえばあらゆるテーマで得ることができる。
なので僕個人は、テーマ自体にそこまで愛着は無く、むしろテーマを進めることに生きがいを感じている。


...これはあくまで僕個人の感想であって、実際にはケースバイケースだと思う。
だが周囲を見て思うのは、「テーマを横度られた」と不平を言う人は誰もいないしいなかった、ということだ。

(少なくとも企業の研究開発では)横取りなんて案外誰も思ってないよ(思う暇もないだろうし仲間だと思っているから)、と、申し訳ない顔をした後輩に僕は伝えたい。

そして願わくば、これを読んだ方々には「横取りして申し訳ない」よりも「僕が○○さんの分まで発表してきます!」と胸を張って言い切ってもらいたい。
中堅が新人に臨むのは、そうした積極的な元気さ。僕はそう思っている。