僕は今の会社に勤めて丸8年、様々な研究者を見てきた。
転職経験はなく、他社のことは知らないのであくまでn=1の個人論でしかないが、結果が伴っている(新規な製品/分野の開拓に成功したという意味で)研究者には、共通する1つの価値観があった。
その価値観とは「会社の金を使って(研究することで)遊ぶ」という考え方だ。
悪い言い方をすれば「会社の金は(実験で)遊ぶためにある」という、母体の痛みを一種突き放した思考だ。
初めて↑を聞いた時、僕は「ん???」と盛大に首を傾げたのを、今でも覚えている。
上記のセリフを初めて聞いた時は、2018年の秋だったと記憶している。
入社4年目も半ばで、当時の上司(このブログに何度か登場している『ものすごく仕事のデキる方』)とも腹を割って話せるようになってきた頃だった。
当時は当社の経営が少しばかり傾いている時期で、研究所の予算も削られるとか、福利厚生が一部廃止されるとか、そういった悪い風が吹いていた。
僕もその煽りを受けて「今の企業体力をできるだけ温存して、息長く耐える必要があるな」と漠然と考えていた。
しかしそうした状況にあっても、当時の上司は「企業体力がある今のうちに、ガンガン研究に投資して新しいモノを作らないと」とおっしゃった。
そして「お金は使えるうちに使って、しっかり実験で遊んでおいた方がいいよ」とも。
お金はあるうちに使い、将来儲けを生み出せるか賭けに出る。
「これがデキる人の思考パターンか」と、内心で舌を巻いた。
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もう少し抽象的に表現するならば「結果を出している研究者はドライだ」とも言える。
自分が所属している母体の痛みよりも、痛んだ結果生まれるかもしれない利益に目を向ける。
というか、そもそも「母体の痛み」なんてものを感じていない(と僕の目には映っている)。
その点、僕は違う。
僕は典型的なボンクラ研究者で、新規な製品/分野の開発の先陣を切るなんてとてもじゃないができない。
その僕が持っているのは、一種の「愛社精神」だ。
何のとりえもない僕を拾ってくれて、直接利益を生み出せない研究開発で無駄飯を食わせてもらっている。
そんな会社に感謝しているし、この会社でずっと働きたいと思っている。
一言で言えば、今の会社が好きで、この会社を守るために新しいモノを創り出したい...と(少しは)考えている。
この愛社精神は、時に自らの足を引っ張る。
「無駄金を使うのはよそう」という思考になって、悪い意味での守りに入るきっかけを作ってしまうからだ。
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「会社の金は仕事で遊ぶためにある」か、「少しでも延命させるために無駄金は使わないようにする」か。
どちらの考えがいいのか、簡単に判別はできない。
ただ、将来への投資という意味合いが強い研究開発においては、前者(会社の痛みよりも投資の利益を取る)の方が役立つのでは...と考える。
もちろんある程度の研究開発的な才能(素質)があってこその考え方だとは思うが、守りに入って新しいモノを生み出せない研究開発は、単なる顧客クレーム処理係に収まってしまう。と僕は感じている。
会社とは適度に心理的距離を保つ。
これが研究開発的な成功の秘訣なのかもしれない。
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