〇当R&Dで扱う案件の殆どは「教科書に乗っているレベルの知見」の最適化/実装化を扱っている
企業の研究開発のイメージといえば、他社に先駆けるため、複雑に入り組んだ技術に日々取り組んでいる...といった感じだろう。

しかし、僕が勤める研究所で扱う案件の大半は、原理自体は非常に単純なものだ。
それこそ教科書に載っているレベルで、中学~高校の科学の知識があれば理解が可能なものばかり。
日々やっていることは「単純な原理に基づいた技術の最適化と実装化」だ。

原理的にはとても簡単でも、いざ手を動かしてみると上手くいかないことばかりだ。
例えばフラスコに薬品を2~3種類入れて加熱攪拌するだけでも、思っていた反応物が出来ないことが多々ある。
そもそも反応が進まなかったり、副生成物が多すぎたり、反応が上手くいっても、分子量が大きすぎたり、収率が低すぎたり...。
...そうした「上手くいかない」を1つずつ取り除き、「向いている方向が違う」を少しずつ修正していくのが、僕たちがやっている主な仕事だ。
そう、扱っているのはあくまで、単純で基本的な原理に則った技術なのだ。


〇プレスリリースまで持っていった例でも「基本の技術をコストが合うように実装した」
これはなにも、僕の部署だけにとどまらない。
当社には複数の研究拠点があるが、他の研究所が事業化に成功した例を見ても、使われている技術は昔から知られているものが大半だ。
例えば化学反応では、A→Bの反応というように、経路が僅かワンステップで済んでしまう。
反応の駆動力となる原理も、複雑に入り組んだものではなく、教科書によく乗っている代表的なものが1つだけだったりする。

また、他社がプレスリリースした例を見ても、「なんじゃこりゃ?」という新しい技術はなく、業界雑誌では常識の知識ばかりだ。
やはりここでも、成功例に共通するのは「基本の簡単な技術を、コストが合うようにうまく実装した」だ。
複雑さが垣間見えるのは、むしろ実装化の部分だとも感じる。

〇企業の研究開発で重要な能力は「いかに単純/基本的な原理に則った成功例を探し出す/創り出すか」
扱う技術自体は簡単。これをどう見るか。
見方の1つは「着手するときは目新しく未知の技術だったが、実装が済む頃には世に広く知られてメカニズムも解明された」というものだ。
いわゆるパイオニア的な考え。

しかしながら僕は、上記の考えとは少し違う感覚を抱いている。
それは「企業の研究開発で重要な能力は『いかに単純/基本的な原理に則った成功例を探し出す/創り出すか』ではないか」ということだ。
根拠は、僕が今現在手掛けている新規用途探索の仕事での肌感覚だ。
(こんなのを根拠と呼んで/扱っていいのか分からないが、とりあえずここでは見逃しておく)。

新しいアイデアを実装するには、想像以上のコストがかかる。
際たるものは設備費で、研究スケールでも大規模(100L~)となると、建設費が億に到達することすらある。
その技術がどれだけ優れていて、会社の金になると見込まれても、所詮は見込み。
損失を嫌う会社としては、いきなり億単位のお金を出すようなことはしない。

一方で、製法が単純であれば、今使っている設備でも転用が容易なため、この課題をクリアしやすい。

また、企業の研究開発では、コストの関係上、担当者をむやみに増やすこともできず、大抵は1案件あたり1~2人で回している。
そのような状況の中では、何度も試行錯誤を重ねることが難しい。
複雑な技術は失敗の可能性が高すぎて、実装にたどり着く前に息絶えてしまう。

そして複雑な技術を使うと、再現性が取れにくくなる。
企業として何より大事なのは、品質が一定の製品を安定して生産することだ。
製品の品質の維持自体が難しいと、経時で品質がブレるなどの問題が起き、その都度処方を作り直さねばならない。
そうして改変を繰り返す中で、いつの間にか製品が別物になってしまい、色んな所と取り決めた規格に入らなくなって...となると、もうどうにもできない。


↑の諸問題をクリアするには、「最初から『簡単な技術』を拾ってくること」に尽きる...と僕は感じている。

...ちなみに、簡単=難易度が低い、では決してない。
簡単ということは、構成される要素が少ないということであり、それらの盤石性が一目で分かってしまう。
つまり隠し事が効かない。
目の前の事象に正直に向き合う姿勢と、その継続力が、ともにハイレベルで求められる。