僕はつい最近まで、ある製品に硬化性を付与するテーマを受け持っていた。
製品に硬化性を持つ薬品を後からくっつけるという、一見すると簡単そうなテーマだったのだけど、
これまでにうちのチームが何度も検討し、いずれも上手くいかずポシャった...とのこと。
課長も半分ダメ元で、「こんなのが出来たらいいよね」と失敗前提の姿勢で僕にテーマを投げ渡してきた。

とりあえず、やってみた。
僕がこれまで培ってきた変性技術の知見から、上手くいきそうな反応系をラフにイメージし、実験計画をメモに走り書きした。
反応系は最小スケールの1L。反応記録はコピー用紙の裏面にメモ書きした。
課長からテーマを投げられた翌日から実験を開始した。

すると、1回目の反応で、製品がゲル化した
バックボーンの製品を変えても、試薬の量を減らしてやっても、ゲル化する。
「先人達が躓いたのはおそらくここだ」と思い、このヤマを越えるにはどうしたらいいか、ちょっとだけ考えた。
手数を踏むしかない。という超脳筋的な答えしか思いつかなかった。

結局、製品の種類、試薬の種類、試薬の投入量、反応温度...などを各々3パターンずつ振り、50回くらい実験系を回した。
その結果、だんだん上手くいかないメカニズムが見えてきて、怪しいと思われるパラメータも浮かび上がってきた。
そして、最初の反応から3週間で、ようやくゲル化しない製品ができあがった。
その製品は幸いにも硬化性を有しており、先人が越えられなかったヤマを越えることに成功した。

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...ここで言いたいことは「過去に上手くいかなかったから今回も上手くいかない」と考えない方がいい、ということだ。
僕の経験情、上手くいかずに終わったテーマの大半は、手数が圧倒的に足りない。
10パターン程度試してみて「やっぱりダメだったね」で幕引きするパターンが大半だ。

こうなってしまう理由も分かる。
僕の研究所では、半期毎の研究テーマ目標が決まっており、その評定を元に給与や昇進などが決まる。
対して、冒頭に書いたような新規テーマ(過去に何度も失敗している、期中にポッと出た...等)は、期初の目標設定の際には織り込まれにくい。
研究員だって人間だ。評定を上げたいに決まってるし、クリアしても成績に直結しないテーマにはやる気も出ない。
なので、過去上手くいかなかった新規テーマの多くは「この位手を打ったら幕引きにしよう」という線引きありきな面もある。


...ではなぜ、今回僕はうまくいったのか。
それは「手数を数多く打てたから」だと思っている。
先人達の10パターンでは見えてこなかったものも、50パターン試すと見えてくる可能性がある。
実際は僕も、評定に直結しないポシャり前提のテーマには、やる気が湧きにくかった。
しかし、ある程度数をこなして法則生が見えてくると、好奇心が刺激されてやる気が徐々に上がっていった。
自分をモチベートする意味でも、数をこなすというのは有効な手立てだと感じた。

どうして数を打てたのか。
それは僕が面倒くさがりだったからに他ならない。
普通は実験の際は、反応計画と反応記録をExcelで作製する。
試薬の投入量や図を挿入するのはもちろん、他のグループ員が使う場合に備え、見た目のレイアウトにも気を遣う。
結構な時間を食う。
また、反応系もやや大きめのスケールで回したり、試薬の投入量も最終仕込み量がフラスコの7分目程度になるよう計ったり。
系のセッティングや試薬の補充などにも時間が取られ、非常に面倒だった。

だから僕は、思いっきり手抜きした。
前述したように、反応計画はメモ書き、反応記録はコピー用紙の裏、試薬は1Lフラスコにちょびっと。
従来の大きな系では1人1バッジがせいぜいだったが、1日に4バッジ程度は回せるようになり、とても捗った。

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新規な系から何かを見出したり、過去に上手くいかなかった系を再検討したり。
そういうときは、「まずやってみる」「手数をできる限り稼ぐ」が有効だと思い知った。
スキマ時間にできるまで系を簡略化して、まずはラフな結果を得ることをオススメしたい。