僕は今現在、「安全推進委員」なる肩書きで、工場での作業に最低限必要な安全の感性を伝える仕事もしている。

という訳で、ここのところずっと、課員に向けた安全教育用の資料を作成している。


...安全教育は、ぶっちゃけてしまうと、ダルい。

教育を受ける側で長年過ごしてきたので、教育する立場になると、少しでも面白く感じられる(時間の無駄にさせない)ようにしたい...とかついつい思ってしまう。


こういう資料の吸収率を良くする一番の隠し味はなんだろうか?

「その人自身の体験談と感情の動き」ではないかと僕は思う。


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 僕はこれまで数々の研修・教育・セミナー等を受けてきたが、身を乗り出して聴きたくなったのは、どんな役に立つ情報よりも、「講師自身がどんな体験をして、どのように感じて、どのように行動したのか」という一点だった。


 例えば今僕が作っている安全教育の資料でも、「どうやったら安全が守られるのか」「正しいヘルメットの着用方法」などのお題目を訥々と垂れ流すよりも、「僕がヘルメットのあご紐を締め忘れて歩いていたら、当時の工場長とすれ違い、後で研究所長経由で注意勧告を受け、『どこで誰が見てるか分からない』という村社会的な恐怖を感じた」というエピソードを話す方が、100倍は親身になって聞いてくれると思う。


 ここでの「親身になる」が重要で、ヒトという生き物は最初に感じた感情を後々まで引きずるように出来ているらしく、一回「つかみ」が成功すると、その後に続く話も比較的よく聞いてくれるようになるようだ。

我が事のように思うほどの心理的疑似体験を積ませる。これが安全の感性を実際に身につける上で、一番重要なのではないか、と。


 

 聞き手をガツンと揺さぶるには、練られた人間性が不可欠だとも思う。

交通事故の違反報告を聞いた時、同じような報告内容でも、仕事に責任を持っていない所員の言う事は味気が無く、真摯に研究を進める若手の報告は心に響くものがあった。

「なんでこの子が?」と、交通事故に遭ってしまった不運が胸に突き刺さったのだ。


これは安全だけに限らない。

もっと拡大すると、研究活動を通して人を動かせるかどうか、にも繋がってくると思う。


 たとえその人のバックグラウンドを知らずとも、その人となりは、立ち居振る舞いと話のトーンから伝わる。

話が心に伝わる人間性は、目の前の環境(人と物)に真摯に向かい合うことで醸成されると、周囲の研究者を見て思う。

そしてそういう研究者ほど、一緒に動く人が多く、知らぬ間に成果を上げている。


 「どうすればより良くできるのだろうか」という観点で周囲を見渡し、その信念を持って目の前の課題に取り組んでいる方々は、一本筋が通っていて、話していて心地が良い。

人を動かすのも企業の研究者の重要な役目の1つであり、それに必要なのは表面的な話術や浅く広くの交流云々ではなく、どれだけ真摯でい続けたか...だと思い感じる。


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 研究者は研究が第一の仕事だと以前の僕は思っていたが、それは「研究さえしていればよい」という自分勝手とは違う、とようやく分かり始めた。


 少なくとも企業の研究者は、今の自分が身を置いている場所(研究所なり本社なり)の環境(人間関係などの雰囲気的なものから、売上アップなどの物質的事柄までを包括して)を良くするために動く...という全体最適な観点から研究に臨まねばならぬと思う。

それこそが企業での「研究」であり、周囲の環境を損なってまで性能向上に猪突猛進するのは、研究の皮を被ったエゴだと僕は思う。


 自己の損得や好奇心よりも、周囲への奉仕貢献の心が優先されるあたり、世間一般での「研究者像」とは大きく食い違う。

この辺りを、企業のR&D志望の若手には心に留めておいてほしいな...と思う。