この1週間、僕は樹脂溶液のサンプルの温度-粘度カーブの作成に夢中になっていた。
温度-粘度カーブとは、所定温度における粘度の測定値をプロットしたものだ。
実験手法としては、樹脂溶液を加温して、温度を測って、すぐさま粘度を測定するというもの。非常に面倒くさい。
各手順の間が1~2分かかるため、座る暇はなく疲れる。
温度測定の度に、熱電対を突っ込んで温度を測り、それを抜き取って粘度計をぶっ差し、熱電対に着いた樹脂をぬぐう。
思い返すだけで面倒さがにじみ出てくる。
この操作を1サンプルにつき20回程度測定した。それを計10サンプル繰り返した。
文字通り足が棒になった1週間だった。
僕がこの測定に夢中になった発端は、あるお客さんから「樹脂溶液の温度-粘度カーブを作ってくれ」と言われた事だった。
作った温度-粘度カーブは非常にきれいな形をしており、対数グラフにすると直線性の高い近似曲線が得られた。
「これは何か法則性があるに違いない!」と(不勉強な)僕は早合点し、貴重な時間を使って他の樹脂溶液を作製し、次々と粘度測定をし続けた。
実験で得られた温度-粘度カーブは、いずれも近似曲線の直線性が高く、法則性が見いだせて僕は有頂天になった。
「この法則性を報告すると、皆驚くだろう!」と。
手始めに、同僚の1人にこの件を話してみた。
すると一言「ああ、樹脂溶液の粘度-温度カーブは、大抵がそんな形になるよ」と。
僕は頭を張り手で殴られたような衝撃を感じた。
よくよく話を聞いてみると、樹脂溶液の温度-粘度カーブが綺麗な形になるのは、業界的には常識に近い事だった。
少し高分子化学をかじった人なら誰でも知っているレベルだ。
「こんな法則性が見出せました!どうでしょう!!」と自信満々に報告でもしようものなら、「なにいってんだこいつ()」という冷笑を浴びるところだった。
粘度測定に費やした貴重な時間が一気に無駄になった。
こうなってしまった原因は、お客さんの依頼をこなして「法則性があるだろう」と予想された時点で、その発見を独り占めにしようと欲を張ってしまったことだ。
「データがそろってから見せよう。きっと驚くはずだ!」という(悪い意味での)サプライズ精神が仇となった。
しかしながら厄介なことに、この「サプライズ」は非常に気持ちがいい。
まとまった綺麗なデータを見せて、アッと言わせたい。
この欲求に抗うのは非常に困難だ(少なくとも僕は困難だった)。
しかし、過去の経験を思い返してみると、個人の思いつきのまま突っ走ったデータの9割以上は無駄にしかならなかった。
こうならないようにするには、月並みだが「思いついた時点で誰かに相談する」しかないと思う。
第三者の目を早めに入れておくことで、思い込みの軌道が修正され、徒労を防ぐことができる。
今回僕が幸運だったのは、発表資料を作る前に同僚から(手痛い)アドバイスをもらえたことだ。
あれがなかったら、今頃僕はどうなっていたことだろう。
繰り返す。研究において「サプライズ精神」は無用でしかない。
たいていの場合、誰かを驚かせることができるどころか、自分の無知に驚かされる結果にしかならないと自戒を込めておく。
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