僕がいい製品を開発できた時は、実験を進める中で生まれる「もう少し深堀りしたくなるタイミング」を振り払った時だった。
-------
研究を進めていると、その作業自体が面白くなる瞬間に出会う。
僕は大概、ある特定のファクターに着目すると、その数値を高めたくなってしまう。
もっと粒子径を小さくしたい、もっと粘度を低くしたい、もっとグラフト率を上げたい...
ファクターを極める、例えるならばRPGをやり込んでいる時のような感覚だ。
ファクターを極めていくことは、一見すると良い製品づくりに繋がると思うかもしれない。
しかし実際は、ファクターを高める事に打ち込むと、顧客のニーズとどんどんズレていったのだ。
開発品の組成は瞬く間に移り変わる。
大半は、新規分野のニーズと顧客のニーズが明らかになり、処方を調整せざるを得なくなる。
一回組成が変わると、今まで極めてきた「素晴らしいファクター」は、殆どが振出しに戻る。
開発品における物性は、思った以上にデリケートだ。
例えば、製品に使っている溶剤の炭素数が1つ変わるだけで、今までの手法が全く通用しなくなる事があった。
ベースとなる部分が固まりきってからでなければ、せっかく積み上げても一から積み直しになる。
ニーズを把握する前にファクターを高めるのは非効率であり、非戦略的だった。
これに対して、「もう少し深掘りしたいのに...」というタイミングで妥協した時は、比較的ニーズに沿うことができたように思う。
一番顕著だったのが、とあるユーザーに採用された製品だ。
その製品は安定性が良くなく、1ヶ月放置しておくと色んな問題が生じる「じゃじゃ馬」だった。
最初こそ、安定性に関わる問題を1つ1つ解決していこうと実験を重ねたが、ユーザーさんと話を重ねる中で、向こうはそういった「問題」をあまり気にしていない事が分かった。
要はこっちの独り合点で、「お客さんが問題と思うだろう」と勝手に判断していただけだったのだ。
そこから先は、ユーザーさんとの情報交換を高頻度で行うようにし、向こうの要望を最優先に反映させた。
その結果、採用に行き着くことが出来た。
この考え方は、顧客が限定されるBtoBだから成り立つのかもしれない。
不特定多数のユーザーに曝されるBtoCの製品では、可能な限り様々なスペックをアップする事が絶対条件なのかもしれない。
しかし、どのスペック・ファクターを上げるにしても、自分が上げたい値ばかりに目を向けていると、想像以上に早い段階で「自己満足」に陥ってしまう。
-------
厄介なのは、どんな検討であれ、研究開発では「基礎検討」「将来への投資」という言葉で美化されてしまう傾向にあるということだ。
確かに技術の深化は進むが、深化しすぎた技術は応用が難しくなる一面も併せ持つ。
僕は入社以来、毎年2~3つは新規テーマを手掛けてきたが、その8割は深めたきり一度も日の目を見ていない。
特定のスペックにフォーカスしすぎて、手法が複雑になりすぎて、他の系に導入できなかった事が原因だ。
こうした自己満足を防ぐためには、月並みだが上司への報告を小まめに行うのが一番だ。
同僚同士で「やらんといけんなぁ」と危機感を抱く事柄であっても、実は上司からすれば大したことないのかもしれない。
視座が高い分、現場で手を動かす僕たちよりも優先順位を見通しやすい。
僕の経験上、1回1回の実験が終わるたびに上司とディスカッションをして、ようやく「戦略的な研究開発」の入り口に立てる。
戦略的とは可能な限り検討の方向性を確認することであると感じている。
コメント