僕は入社して以来「好きな研究」をした覚えはない。


ここで言う「好きな研究」とは「好きな題材を研究すること」だ。
僕は元々植物に興味があり、大学・大学院では植物バイオの研究をしていた。
ところが入社を境に、畑違いの樹脂・高分子分野を担当することになった。
丸6年経った今でも、樹脂に何の愛着もないし、好きでも嫌いでもない無関心だ。


しかし僕は「好きなように研究をさせてもらって」はいる。
これが、全く興味を持てない題材を目の前にしてなお、僕がこの会社に居続ける理由だ。


企業である以上、研究する題材は選びようがない。
当社では、テーマは基本的に上司から与えられる。
もしくは、顧客とのやり取りの中でヒアリングした課題点の解決がそのままテーマになる。

新規テーマの募集は年1回の頻度であるにはある。
しかし、既存テーマの解決に時間と労力を食われる中、新年を突き通して新規テーマをやり続けるのは想像以上にキツい。
ちなみに僕は、ここ数年間、新規テーマを提出はしているが1年間続けられた試しがない。
どうしても、目の前のユーザーの要望を優先せざるを得ない(そしてそういった喫緊の課題の解決を積み重ねるうちにできたモノこそが、真に通用するシードにもなると痛感している)。


企業の研究開発において一番縛りが強いのは、扱う材料だ。
基本的に、その会社が生産する原料が軸となり、好き嫌いに関わらず関与し続けていかねばならない。

材料のうち、細かい括り(ウレタン樹脂を使うのか、アクリル樹脂を使うのか...)は選択できる事もあるが、大きな括り(植物由来の樹脂を作りたい、食べられる樹脂を作りたい...)は変更不可能だ。

また、基本的に手持ちの機器・基材・人員で出来る事をせねばならない。
当研究所では、新規導入したい機器・資材が2~3万円を超える価格になってくると、研究所長にお伺いを立てねばならない。
そして実験計画も、社内規則に沿った内容でなければならない。
当社では、基本的に9時~17時の間で完結する実験しかできない。休日出勤などもってのほかだ。


これだけ書くと、縛りしかないように思えてしまう。
しかし、課題解決のルートはある程度好きにできる。

例えば、樹脂溶液を安定化したいという課題に対しては、原料樹脂を変更してもいいし、溶剤組成を調整してもいいし、添加剤を使って効果を確かめてもいい。
解かなければならない課題が決まっているため、ある意味ラクだし面白い。
自分の考えた手法がどの程度当たっているのか答え合わせもできるため、パズル的な面白さがある。
受験勉強が好きだった人には相性がいいだろう。


企業の研究開発は「与えられた枠の中でどれだけ自由に動き回れるか競うゲーム」に似ていると思う。
それに対して、アカデミックな研究は「枠をどれだけ外せるか・捻じることができるかゲーム」に近いと感じる。

企業の研究開発は、研究"活動"が好きな人には非常にいい環境だと思う
しかし、どうしても解きたい課題がある・研究対象を愛でたい...そういった人には不向きな面が多いのかもしれない。