研究開発は"何においても事実を客観的に扱う"集団だと思われがちだが、案外そうでもない。
他の職場と同じだけ、あるいはそれ以上に、振る舞いがモノを言う。研究開発者もつまるところ、ただの一人の人間であり、ヒトであり、humanなのだ。


僕自身を1点の観察対象としてみる。

僕の上司は、態度が非常にとげとげしい。
別の上司がくれたアイデアと激励に、「余計な口出しはしないでくれ」と横槍を入れる。会議室の設営を手伝おうとしたら、お礼を言うどころか「レイアウトが崩れるから触らないでくれ」と怒る。etc。

こうした態度を経験するうち、「あの上司には余計な事は言わないでおこう」と気持ちが萎えてしまった


僕自身を観察対象として、もう一点例を挙げる。
僕の職場では、月1回、所員全員が中庭に集合してラジオ体操を行う。
今日がその日に当たったわけだが、動きの小さい社員が何人かいて、悪い意味で目についた。眠たげにノタノタした動きが、全体の指揮を下げている。ように見えた。


こういう「萎えた」「下げているように見えた」は、じわじわと、しかし確実に、motivativeな雰囲気を蝕む。inovationはmotivationから生まれると僕は感じていて、勢いが削がれると革新も止まる。革新を止める根っこにあるのは、個々が感じ取る「萎えた」「下げているように見えた」だ。


断っておくが、僕は感情的で、直感に従って行動するタイプだ。上記の例は、僕の感情任せである部分も大きく、いわゆる"理系的"な人には当て嵌まりにくい。かもしれない。


覚えておいてほしいのは、「R&Dであっても、所詮は血の通った人間の集まりだ」という事実だ。
僕の職場でも、人間臭い人は非常に多い。
・休憩室で延々と「息子さんの野球の練習」について語っていたり
・野菜をかたどったオブジェ風のペン立てを集めるのが趣味だったり
・休日に行く釣りの潮目をスマホで逐一チェックしていたり
微笑ましいまでに人間臭い。


こうした血の通った人間だから、どこかで不合理な選択に流されてしまうのもまた真理だ。
言い方・話し方・伝え方・謝り方...。そういった「言っている内容とは関係ない修飾部分」に目が向いてしまう。


なので、「相手が汲み取ってくれるだろう」と自分の刺々しさを放置せず、少しだけでも角を丸く削ってやることが必要だ。
特に、事実と真理が至上であるR&Dでは、対物的な態度を対人にも当てはめがちだ。だから、とりわけ意識して態度を修正する必要がある。


逆に言うと、ほんの少しの気づかい・努力だけで、信用という何物にも代えがたい社会資本を築くことができる。
こんなに割のいい投資はそうそうない。かもしれない。