断言しよう。消耗品の補充だけは、何よりも優先して、きちんとやるべきだ。


僕の研究所では、色々な資材を消耗品として使っている。
有機溶剤を使用するため、ゴム製の保護手袋を使い捨てしている。溶剤の計量にはプラ製のカップを使うが、コンタミを防ぐため使い捨てだ。他にも、反応に使う溶剤だったり、サンプルを小分けするガラス瓶だったり、色んな消耗品が使われている。

そうした消耗品の補充は、最後に使い切った人がやる決まりになっている。
使い切った人が、発注をかけるなり、在庫を引っ張り出すなりして、周りに迷惑が掛からないようにする。消耗品の補充係がいるわけではなく、あくまで「決まりを自主的に守る」という性善説に則っている。
どこのラボでも仕事場でも、多かれ少なかれ、こうした自主運営はあるだろう。


...しかしどうも、この自主運営がうまく回っていない。
気が付くと、消耗品が底をついたまま放置されている。プラ製のカップが無くなったまま補充されておらず、倉庫から箱を引っ張り出してこなければならなかったりする。気付いた人が尻拭いをする羽目になる。何回も繰り返すうち、「何で僕がやらなあかんねん」と頭にくるようになる。

一番ひどかったのは、反応に使う溶剤が、一斗缶の残り1割というキワキワの量で放置されていたことだ。
つい昨日のことで、思い出すだけでも悪質さにムカムカしてくる。
何が悪質だったかというと、予備の一斗缶も開封されていて、残り1割しかなかったことだ。「空けた一斗缶を処理するのが面倒だ→予備の缶を開けたのだ」と想像がついてしまう。
幸い、残り少ない溶剤をかき集めて反応は実施できたが、流石にキレそうになった。



何より嫌なのは「犯人が何となく分かってしまう」ことだ。
プラ製のカップの件では、何人かの同僚が、カップが残り1~2つまで減っても補充せずにその場を立ち去るのを目にしている。その方々は、溶剤が底をついても補充しない時が多いし、実験台の後片付けが雑な傾向にある。

諸所での雑さ荒さは、他の局面でも出てしまうものだ。
...という"説得力のありそうな理由付け"をして、僕は"雑な人"の誰かを犯人だと思い込んでしまう。
(しかもこの推論は概ね当たっている。肌感覚だが、だいたい70%程度の精度はある)。



そして後味の悪い事に、犯人を「特定」することはできない。

やろうと思えば問い詰められる。
しかし、刑事よろしく尋問して犯人が分かったとして、それが今後の"より良い働き方"に繋がるだろうか?僕はそんな強引な手法はとりたくない。その人とギクシャクしたくないからだ。全体を考えれば、僕が声を上げるのも一手かもしれないが、僕はそこまで自分を犠牲にしたくはない。


強調しておきたい。誰かが消耗品を補充しないと、別の誰かがその人の分まで働かざるを得なくなってしまう。
各チームに1人は"ちゃんとやる人"がいて、そうした人がさり気なく在庫の山に潜ってくれている。僕の横のチームのとある先輩は、いつも足りないプラ製カップを補充してくださっている。



人を信じきれなくなった時、組織は弱まる。
消耗品を補充できないような人は配慮に欠ける。実験も荒くなる。そんな人の出した結果を、どこまで信用できるのか。
直接的な評価には響かずとも、見ている人は必ずどこかで見ている。

逆に言えば、使ったモノをきちんと処理すれば、それだけで「きちんとした人だ」という評価を得られる。
この評価は、みんなが、そして自分が気持ちよく働くうえで、この上なく大事なものだ。



これを書く前までは猛烈に腹が立っていたが、書いているうちに頭が冷えてきた。偉そうな事を書いているが、僕も実験操作は荒い方だし、机の上の整理整頓もできていない。こうした諸所での雑さ荒さが、思わぬところで思わぬ人からの信頼を失う源になっているのかもしれない。

一つだけ断言できるのは、「研究者がまずやるべき事は"使ったモノはきちんと処理する"という当たり前を徹底すること」だ。