研究開発で好きな点の1つは、個人行動が許されやすいところだ。

僕が働く研究所では、上司が部下の居所を把握する"束縛"が少ない。
部屋を離れる際に「○○へ行きます」と逐一告げる必要はないし、個人にPHSが配られることもない。行先を示すマグネットはあるが、必ずしも機能しているとは言い難い。


先日、造園業者の方々が、所内の木を切っている現場を目撃した。
僕は自然の中で自らの身体を使って働く事に憧れていて、農業もしくは林業をしたいと(密かに)思っている。木を切るのは林業の仕事そのものなので、勉強がてら眺めてみた。

造園業者の方々は、必ず2人一組で行動していた。
考えれば当たり前だ。木を切るというのは危険な作業であり、木に登る時に落ちないか、落ちた枝が当たらないか、倒木方向はOKか、などなど、登った人と下にいる人の間で「常に」「絶えず」コミュニケーションを取らねばならない。


僕はこの「常に」「絶えず」をたった10分見ているだけで、強い閉塞感を感じてその場に居れなくなった



僕は、そばに絶えず人がいる状況が物凄く苦手だ。
心が通い合う関係(家族や友人)であればOKだが、それも四六時中となると息が詰まってくる。風呂場で手足を投げ出して伸びをするように、自分の心をくつろがせたくて、一人で居る時間を強く欲する。


僕はわがままで、疲れがひどい時には更衣室で寝るし、腰が痛い時は会議中でも外に歩きに出る。
これまでの社会人勤めの中で、「不調を不調のまま放っておくと、感情が爆発して周りに迷惑を及ぼす」という事が分かったからだ。

色々やってみたが、不調を抑え込むというのは不可能だった。火事を起こす(感情が爆発する)前に火種を消す(寝る、歩く)方が、どうやっても良い結果に転んだ。そして、火種を消すことで生まれた余力で、「○○もやってみたらどうかな?」「△△を試してみよう!」と思考・行動がリープする体験を何度もした。僕にとって、このスタイルは間違いなく良い結果につながっている。


この「不調の火種を消す」事が、共同作業ではとてつもなく難しくなる。その点、今の研究所では一人勝手にうろちょろしても、まあ怒られることは少ない。チームによっては100Lスケールの大きな反応釜を扱うため、3~4人行動することもあるが、その場合でも一声かければ休憩はできるし、要所要所で声掛けをすればOKだ。


世の中には「常に」「絶えず」コミュニケーションを取る事が嬉しい人がいるようで、僕はびっくりしている。逆に上記の人々にとっては、僕のように「一人で好き勝手したい」人間がいる事にびっくりするのだろう。

世の中は適材適所で動いている。今の研究所勤めのスタイルで、とりあえず他人に大きな迷惑はかけていない。であるならば、僕はこの職場が、自分が思っている以上に向いているのかもしれない。