今日のお仕事
・溶剤代替品の成分分析
・反応の仕込み
・文書作業

連休明けの仕事は、職場に居るだけで体力を削り取られる感じがする。
分析は正確な結果が得られるので面白い。

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才能の話。

僕は、長距離走に才能がある。
自分で言うのもアレだが、他のスポーツに比べれば、少しだけ秀でている。
唯一他人に勝てるスポーツだ。

なぜ才能があると言えるのかというと、健康ジョギング程度の練習しかしていなくても、そこそこ速く走れるから。
毎朝の5kmゆっくりジョグ+100mの流し(気持ちいい程度のダッシュ)を数本で、5000mを17分30秒程度で走れた。
地元の駅伝大会では、区間上位(20人中3~5番程度)に入っていた。
マラソンのサブスリー(3時間切り)と同等レベル、といえば分かりやすいだろうか。

しかし僕は、長距離をやっていた時は幸せではなかった。
走る前は失敗できないプレッシャーで憂鬱になり、苦しさに耐える事に辛さしか感じなかった。
走るのが楽しいという人がいる事が、心底信じられなかった。

そんな僕、今は短距離をやっている。
自分で言うのもアレだが、とても遅い。中学生にも負けるレベルだ。

しかし、楽しさの面でいえば、今の方が断然楽しい。
どうやれば速くなれるのだろう、という好奇心もあるが、一番大きいのは駆け抜ける事そのものへの楽しさだ。
走る前に「今日も走れるぞ!やったぁ」と感じることが増えた。
うまく走れるイメージを抱いてドキドキすることが増えた。


上記の事象から言いたい事は「"レベルが上がれば面白くなる"はある意味幻想だ」という事。
レベルが上がれば勝負できる機会が増える。
それに対してヒリヒリ感を感じるが、それは必ずしも取り組んでいる対象自体への面白さには繋がらない。

僕は、今感じている面白さが、微減微増しながらもずっと続くと考えている。
僕が毎朝10km走るのは、どれだけ脚が速くなろうとも辛いままだろう。

ならば、今「面白い」と感じているものを大切にすべきだ。
僕は短距離走が面白い。ジャンプで身体を躍動させるのも面白い。
インドアでは、架空の世界の設定を考えるのも面白いし、オカリナを吹くのも面白い。
いずれも、その世界では一般人以下のレベルでしかないけれど、やってる時間そのものが愛おしい。

そして、無理に"力を上げよう"としない事。
無理は楽しさの寿命を削る。