昨日、ぼくは挫折を味わった。

天才(変人)は、1つの事にただひたすらに打ち込む。
例えばアインシュタイン。彼は生活を研究に最適化させて、研究以外の全ての要素を切り捨てて、4分野で革新的な理論を打ち立てた。
そこまでして初めて、何か大きな事を成し遂げられる。
ぼくはずっと、その生き様に憧れていた。

ぼくはずっと、自分の事を変人だと感じていた。
始まりは幼稚園だろうか。みんなが塗り絵を綺麗に塗っていく中、ぼくはただ一人、絵の具で花火を描いていた。
今でも、世の中が「こうしろ」と強いる「普通さ」に合わせる事が難しいし、反抗心を持っている。
そうして生きるうち、自分の中の変人さを活かす生き方が、自分の生きる道だと思うようになった。
そして、世の偉人の一意専心の生き様に触れ、ぼくもそうすれば特別になれるという希望を抱いた。


1つの事に打ち込むには大きな犠牲を伴う。
その負の側面を何となく知ってはいたが、天才の生き様に目が眩み、失うものが何なのか深く知ろうとはしなかった。

ぼくは、普通という生き方を心底嫌っていた。
いや、怖がっていた。
人並み(普通)に落ちぶれてしまうと、何も成し遂げられない。自分という存在が存在する意味を潰してしまう、と考えていた。


明確に天才を目指したのは、高校2年生。
ドラマの「ガリレオ」に出てきた湯川教授(イケメンのアインシュタインみたいな人)に強いインスピレーションを受けた。
そこから今まで14年間、天才(変人)を目指した。
文字通り万難を排して、1つの事に集中した。

社会人になり、その傾向はますます強まった。
休日は誰とも会わずに、自分の設定した課題をこなす事に夢中になった。
こうして力を蓄える事が、幸せに繋がるのだと。
陸上競技、物理学、英語、数学...。

苦痛にまみれた6年間だった。
だけど、止めようとはしなかった。


5年目あたりから、自分の年齢というものを自覚し始めた。
きっかけは、ありきたりだが同期たちの結婚。
そこから、徐々に人恋しさが募るようになり、その寂しさは、いつしか気が狂うほどに強くなった。
そして自分がやっている事の意義を問うようになった。
たとえ何かを成し遂げたとしても、自分が感じるのは更なる渇望感だけじゃないのか?と。

実際、ぼくは今まで成し遂げた事から何の幸せも得ていない。
社会人では群市区駅伝の代表メンバーに選ばれた。
高分子の教科書も読破し、今まででは考えられない高度な数式を扱えるようになった。
しかし今思うのは「もっと緩く趣味を楽しんでいたら?」という一種の後悔だ。

そして、ぼくには変人の血は流れているが、天才の器は持ち合わせていない事に気付いた。
変人である事が生む周囲へのデメリットを帳消しにできるだけのポテンシャルが無い。
単なる変人が天才を夢見続けて泥をまき散らし続ける。
そこに自己満足以外の何が生まれようか?

こんなことを考えるうち、唐突に、ぼくは天才への道を歩みつづける事が怖くなった。
これ以上道をゆくと、取り返しがつかなくなりそうだと。


天才は多くを失う。
最も失いがちなものは人間関係だそうだ。
アインシュタインは妻との関係が冷え切っており、「解雇できない家政婦だ」と断言していたそうだ。

先週、僕は2年ぶりに、休日に知人と遊んだ。
駅伝関係で知り合った、勤務地における数少ない友人(先輩)。
ラーメンを食い、カフェでまったり話をした。
ただそれだけの事なのに、何とも言えない温かさを感じた。
繋がりがある安心、心強さ、幸福感。

人間関係が生むこのふわふわした幸せを失いたくないと僕は感じた。
この時に、ぼくは「天才(変人)としての道を歩む」器ではないことを痛感した。
天才は、そんな幸福感など容易く振り捨てて、目指すべきものを目指す。
ぼくは、今まで自分を麻痺させて、幸福感をかなぐり捨てていた。
その時点で、本当の天才ではなく「天才を真似る凡人」だ。


ぼくは天才(変人)として生を掴みとるルートから外れる決心をした。
それが昨日だった。

ぼくは変人だが、天才としての道を歩み続けることはできない。
たとえ歩んだとしても、その先に幸せに繋がるものは何もない。
これに気付いた。すなわち挫折した。

しかし、その挫折の味はやわらかだった。
心のどこかでずっと引っ掛かっていた葛藤に、「もういいよ、楽になりなよ」ととどめを刺してくれたやわらかさ。
しんどくなって実家に帰った時、母が食べさせてくれた実家のご飯の味だった。


人並み(普通)の生き方をして、じんわりと温かい人間関係に癒されて、何かすごいことを成し遂げるわけではないけれど、毎日を好きだと言える。
これからは、そんな人生を歩んでいきたい。

まずは、陸上にかける時間と労力を、趣味といえるレベルに落としたい。