この教科書を1年通読して、ポリマーの振る舞いを物理式で考える力が桁違いに強くなりました。
じっくり腰を据えてポリマーを極めたい。
そんな人におススメの1冊です。
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〇「高分子の物理」とは
著者はG.R.ストローブル教授。
ドイツのフライブルク大学の教授で、高分子界の大御所の一人。
ストローブル教授の講義は、「本質をとらえた的確な数式を、感覚に訴えるように表現する」と高評価なことで有名です。
本書「高分子の物理」は、以下の8章+Appendix(付録)より構成されています。
「(高分子の)分野の相互関係を明らかにするための基礎を与える『インターフェイス』ととらえていただきたい」という著者の言葉通り、散り散りになりがちな高分子の各分野が「光散乱」という観点から1つに紐づけられています。
1. 分子鎖の組成と構造
2. 分子鎖の形態
3. 液体の平衡状態
4. 準安定な結晶化状態
5. 力学応答と誘電応答
6. 微視的なダイナミカルモデル
7. 非線形力学挙動
8. 降伏と破壊
Appendix. 散乱実験
この本のキモは、巻末「Appendix」の「散乱実験」の章です。
光散乱の原理原則が「これでもか」と詰め込まれており、読み解く中で広範な知識を体得できます。
〇この教科書の概要と特徴
この本の一番の特徴は、物理現象を観る切り口として、「光散乱の原理原則」を採用している事です。
著者らは、光散乱の原理を用いた関数モデルで、分子鎖を
・構成分子レベル
・1分子鎖全体
・分子のクラスターレベル
まで、実に幅広く説明しています。
他の教科書にはない独特の切り口であるゆえに、和訳を担当した研究者が各々の解釈を加えているのが感じられて、全体としてとても味わい深くなっています。
僕がこの本を通じて、一番「面白いな」と感じたポイントは、数式が脈絡なく「ポン」と出てくること。
最初はためらいましたが、
・前後の文脈をよく読み取ってみる
・関連する単語を調べる
・巻末の光散乱の原理をたどる
このような「読み取る努力」を少しでも重ねると、なぜその式が使われるのか・どういう意図でその式が組まれたのか、だんだん見えてくる。
著者らの意図をあぶり出すようで、非常に知的な刺激を得られました。
〇この教科書を使ってみた感想
個人的に最も役立った章は、「力学応答と誘電応答」「微視的なダイナミカルモデル」の2章でした。
他の教科書では扱われにくい題材を扱っており、しかもそれを学習する過程で、高分子科学全体に通じるモノの見方をブラッシュアップできました。
「力学応答と誘電応答」では、「緩和」という現象を光散乱の切り口からモデル化し、分子鎖の振る舞いをする最小単位がどのくらいの大きさなのか決定し、理論的に算出した力線カーブを実際の実験データのグラフと重ね合わせています。
最小単位がどのようにsin/cos的に動いて力線カーブを描くのか、導出過程から感じ取ることができました。
「微視的なダイナミカルモデル」では、分子鎖をより大きなセグメントで観て、緩和の力線カーブのどの部位がどのスケールのセグメントに由来するのか、物理式によるモデルで説明しています。
セグメントのスケールによって緩和挙動がここまで違うのか、と目からうろこが落ちました。
〇この教科書をどう使うべきか
1年かけてじっくりやりこむのに適しています。
逆に「分からない部分を拾い食い」的な使い方は合いません。
なぜなら、この教科書独特の観点で各物理現象を説明しているため、この教科書に特有の「モノの見方」を体得する必要があるからです。
じっくりやりこむことで、光散乱の原理からミクロな物理現象をモデル化する視点が養われます。
〇この本が仕事でどう役立ったか
企業の研究開発においても、この本でつけた思考力が大いに役立ちました。
一番の収穫は、ポリマーの大きさおよび振る舞いのスケール感を体得できたこと。
溶液中でポリマーがどのような伸び具合なのか・どのように震えているのか、イメージできるようになりました。
高分子の振る舞いがイメージできると、実験に愛着が湧くようになりました。
分子鎖の振る舞いを先取りして、分子が広がるのに最適な溶剤組成を予測したり、乾燥工程を工夫したりするアイデアも出てくるようになりました。
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僕がポリマーの研究開発にのめるこむきっかけとなった良書です。
ぜひご一読ください。
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