鴻上尚史さんは、とある記事で「俳優は人生で3度揺れる」といった。
僕は研究開発職として、高々5年という短い時間しか勤め上げていないが、思い返すと5年間で3度ほど揺れた時期があったように思う。

揺れているときは、心理的にものすごく不安定になる。
仕事を辞めようか、人生を辞めようか...そんなネガティブの海に溺れてしまいがちになる。

研究開発の新入社員が、近いうちに足を踏み入れるかもしれないダークサイドを予習することは、多少なりとも意味ある事だと思う。
また、今まさに揺れていて不安でたまらない人が、他人の揺れを見ることで心安らぐことがあるかもしれない。

僕の揺れ=悩み苦しみが、誰かの役に立てば幸いである。

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前置きが長くなってしまった。
僕が5年間で揺れた時期は、「入社直後」「入社3年目」「入社5年目」の3つだ。
以下にそれを示す。

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〇入社直後
配属先で今まで手掛けていたテーマと全く違う研究をすることになり、夢から遠ざかった虚無感に苛まれた。

僕は大学・大学院を通して、植物を手掛けていた。
今の会社に入ったのは、環境問題を解決するための植物の研究がやりたかったからだ。

しかしその意に反して、配属先はプラスチック・ポリマー関連の研究所だった。

入社して半年ほどは、植物の研究ができない=この会社に入った意義を失ったと感じて意気消沈した。
環境問題を解決したいという当初の夢が破れて絶望した。

しかし、せっかく受かった研究職をすぐ蹴る勇気もなく、ダラダラ働くうちに、プラスチック・ポリマーの研究の面白さが分かってきた。
入社して1年も経つと、植物の研究への憧れはほぼ払拭できた(というより『風化した』と言った方が適切だろう)。

なので、今頭を抱えている新入社員の方々には、「住めば都は本当だ」と信じて1年間は留まってほしいと思う。
頑張らなくてよくて、むしろ言われたことをただこなしていくうちに、想像し得なかった面白さが向こうからやってくる。


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〇入社3年目
学生の延長で手掛けていた習慣に飽き、社会人として新たなアイデンティティを求めるようになった。

それまで僕は陸上競技の中長距離をやっていた。
社会人になってからも、早朝に15kmほど走り、休日も30km走っていた。
入社したての頃、「10年走り続けて福岡国際マラソン出場を目指す」という計画を立てたのは今でも覚えている。

しかし、社会人になってもずっと走り続ける未来は、入社3年目にもなると色あせた。

学生と違い、社会人になると終わり・区切りのタイミングがない。
ゴールが見えない中で何かをずっと続けるには、学生までとは全く質の異なるモチベーション源が要る。それを肌で感じ始めるのが3年目だと思う。
学生のモチベーションで、ゴールの無い道をずっと走り続けるのは、想像以上にシンドイ。

しかし、本能的に「もう走るのを頑張り続けられない」と分かっていても、心は付いてこなった。
モチベーションをなんとか保ちたいと力み、種目を変え、競技を変えた。
高校大学と手掛けた800mにもう一度チャレンジしたり、ロードバイクで自転車競技に挑戦したりもした。
しかしどれも長続きせず、徐々に「頑張る運動」から離れることができた。

「昔続けていたから何となく」を続けていけるのは、一つの才能だと思う。
今「続けるのがシンドイ」と感じている人は、新たなモチベーション源で頑張れる何かを探す時がきたのだと思う。
新しい何かを見つけるのは苦しいが、行ったり来たりを繰り返しつつ、少しずつ前進できる。

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〇入社5年目
自己啓発本やネット上のアドバイスなどの「お着せの回答」が何の役にも立たないことに気づき、自分なりの答えを日々出し続けなければいけない不安定さに愕然とした。

新入社員~入社3年目までは「若手」扱いであり、一人で切り盛りする仕事を与えられるため、自己啓発本などに書かれていることをそのまま実行しやすい環境だった。
しかし入社4年目あたりから、部下が増え、製造・営業など他部署と連絡しあって動く仕事ばかりになった。
不確定要素が多すぎて、テンプレの回答をそのまま当てはめると却って悪影響が出るようになってしまった。


僕が全力を傾けるべき目標が固まってきたのもこの時期だ。
今まではプライベート(マラソン・トレーニング)に力を注いでいたが、本腰を据える場所ではないと心のどこかでずっと引っ掛かっていた。
「本腰を入れて取り組むべきは、やはり仕事なのではないか」と気づいていながらも、これまでに培ってきた体力と「走れる人」というアイデンティティを失うのが怖くて、気づかないふりをしていた。
しかし、僕の人生、そろそろ何かに絞らねば、何も残せないのではないかという焦りが大きくなってきた。

この焦りと、自分一人のためだけに体を鍛えることに意味を見出せなくなったのとが重なり、ついに「仕事に本腰を入れよう」と切り替えることができた。これがつい1か月前のことだ。
鍛錬を「それ自体を突き詰めるもの」から、「より良い仕事ができるようにするためのもの」という脇道として捉えることができた。
今までの独りよがりな自分から脱却できたのではないかと思う。

入社5年目、いわゆる中堅になってくると、生き方に芯が通っているかが問われるようになり、外部との交流の仕方がメインになる。
生き方の芯・軸というものは、土壇場にならないと固まらず、安穏とした状況で何となく設定した軸は簡単に折れ曲がる。
今まで「軸」だと思っていたものが間違っているなんて当り前のことなので、何度も「軸作り」に立ち向かってほしい。


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自分で書いてみて気づきましたが、だいたい2年間隔で揺れる時期が来るようです。
次に揺れるのは7年目になるんですかね。
この周期性も、参考になれば幸いです。