先日、「研究職と開発職で求められる力の違いは何ですか?」と聞かれた際、以下のように答えました。

「研究は論理の階段を一つ一つ詰めていく根気強さ、開発は顧客のニーズを確実に汲み取る力」だと。

すると、あるフォロワーの方から「研究においてもニーズを反映する力は開発と同様に必要なのではないか」というご指摘をいただきました。
全くもってその通り。
私の書き方が悪かったのです。


私は「当社の研究開発部門において求められる力 第1位」という意味だと解釈して質問に返答しました。
なので、当社の研究においても顧客のニーズを読み取る力はほぼ同等に重要(私の中では第2位)ですし、他社の研究であれば第1位で重要かもしれません。

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では、なぜ当社の研究では「論理的に一つ一つ詰める力」が第1位なのか。
それは、研究は生み出した技術に責任を持たねばならないからです。


現在当社では、過去の研究部門が生み出した技術を使った製品の品質問題に追われています。
過去の研究部門が生み出した技術に綻びがあり、そのメカニズムを解明せねばなりませんでした。

原理的にはきわめて単純なことをしているのですが、その技術を今の製造系に移すと品質が悪くなる。
私が中心となって3年間調査した結果、製造系における各要素のパワーバランスによっては、思いもしなかった副反応が起こっていることが分かりました。

過去の研究部門における研究の足取りを追ってみると、「とりあえず性能を良くする技術ができたから、それでいいや」というスタンスだったようです。
そのため、技術の中にあった綻びを拾いきれず、そのままにしてしまった。
それが時限爆弾となって、今の世代に負担をかけてしまったのです。

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技術の綻びを無くすには、「どうしてこうなるのか」を一つ一つ詰めていかなければなりません。
たとえ今現在でいい製品ができても、その製品は10年20年と使われていくのが望ましい。
また、様々な条件下でも問題を起こさないことが求められます。

・時代の変化
・環境の変化

これらの変化を受けても変質しない盤石さが、コア技術には求められます。
そして研究には、コア技術を盤石にして次代に手渡す義務があります。
コア技術の中に潜むエラーを取り除くために、論理的に一つ一つ詰めていく力が求められるのです。


私自身の研究のふがいなさと、「こうあってほしかったな」という私の思いが交錯しています。
私独自のバイアスもかかった答えでした。